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親力を育てるためのプロジェクトテーマ:
  子供の育てかた、包容力、子供の個性と能力にあった育て方など、子供をすくすくと成長させるための “親としての総合力” を養う研究です。
   
親力を育てるキーワード:
  背を見せて育てる、子供が目標にしたい父親、娘の憧れる母親の生き方、子供の身近にいる目標の人
   
010
雇用環境の変化と労働条件の悪化にどう対処するか

遠く離れた地で、子供を孤立させないための家族ぐるみの行動が必要な時代です。 それは、間もなく地元の高校を卒業し本土の大学に入学したり就職したりする島の子供たちをいかに新しい環境になじませでいくかということと、環境になじむことの難しい子供をどのように支えていくかということです。

そこで、昨年掲載した内容に新たな項目も加えながら、この問題を改めて考えていきます。

昔から、多くの離島の若者が本土に就職のために渡りながらも、本人の期待と現実のギャップの大きさに我慢できずに島に戻ろうとしますが、親の世間体などが理由の場合もありますが、宮古島のケースでは男の子供に関して多くの母親が男親や夫、兄弟、 さらに息子と同年代の若者たちの日常を見て、「この島にだけは戻したくない」との明確な思いを持っています。

これらの事情の中で、島に戻って人生の仕切り直しをすることもできず、本土や沖縄本島で就職難民となった若者が一定数いました。

現在、日本の就職環境はますます厳しさを増しています。 企業は “ブラック” と呼ばれる若者を奴隷化する人権無視の企業ばかりでなく、名の知れた大手企業でさえ平気で若者を使い倒すことで利益を上げる時代となりました。
そのような会社で認められるために若者たちに求められるのは、「自分の全てを会社と上司の価値観に合わせる」 ことだけであり、こうすることでのみ会社での自分の居場所を確保することが出来ます。

しかし、このような会社は従業員にそこまで徹底した貢献を求めておきながら、従業員の将来や生活の保障を一切しません。 ワーキングプアーの根がここにあります。

以前は日本の多くの経営者が持っていた、「従業員と従業員の家族の生活を守ることで初めて会社を成長させることが出来る」との考えは変わりつつあります。 大手企業も「株主を喜ばせることが自分の地位と収入を守る最善の道」 と考える経営陣や組織のトップにとって、従業員はあくまでも道具なのです。

これが、今の若者たちが生きている現実社会であり、どこで倒れてもすべて自己責任で片付けられてしまいます。 若者が抱く「安定した収入を得て、結婚し、家族とともに幸せに生きたい」 というささやかな願いを持つことさえ、とても難しくなっています。

今の社会は、多くの若者にとって就職という形で自らの人生を支えることが難しいという、祖父母や親の世代には想像できなかった厳しい時代を生きることになります。

そのような中で、唯一の自立の可能性は家族の協力です。 特に、親が我が子の自立のための最大のサポーターとなって、精神面で支えてあげることが大事です。 会社や上司の状況を親もきちんと把握し、常に子供がどのような状況に置かれているのかを確認しましょう。

親は、子供が安定した仕事に就けない理由を子供の資質や性格の問題と考え、挫折と受け取ることも多いようです。 しかし、現代の企業は個性や特定の分野で優れた才能を持つ人々を個別に評価するすることを止め、「無条件で働く駒となれる従業員以外を必要としない時代」となっていることを認識しなければいけません。

特に自らの精神と体力を削りながらブラック企業で働く若者を持つ親は、1日も早くこの絶望的な就業環境から抜け出させ家族が協力して他の仕事を探す、あるいは子供が結婚したり、家族を持つことができる新しい人生の選択肢を見つける必要があります。

また親が資金的な支援を行い、自営や共同事業という形で子供と共に起業し働く喜びと収入を確保し、子や孫のための人生をサポートする方法も選択肢のひとつです。

遠く離れた地で、子供を孤立させないための家族ぐるみの行動が必要な時代です。
(Dec. 16, 2015  宮古島プロジェクト運営管理部)

009
今年も3月末から4月にかけ、宮古島からたくさんの若者が旅にでました。 就職や入学などのために、日本各地で新たな生活を始めてそろそろ2ヶ月です。
古くは1960年代に始まった、地方から都市部への進学移動・就職移動は若者にとっては新しい人生を切り開くための大切な転機でありチャンスでした。 しかし、新しい環境や人間関係に馴染むには年齢に関係なく大きなストレスが伴います。

特に、若い年代の人々にとって周りに馴染めないという事は、即自分の居場所を失った感覚に囚われます。 宮古島から大きな夢をもって新生活を始めた若い人の中にも、すでにこのような馴染めないことへの焦りや喪失感を感じている人がいるかもしれません。 今でも多くの親たちは、環境にうまく馴染めないのは子供の性格や社交性の欠如によるものであると考えています。 ですから、子供から親に助けが必要とのシグナルを送っても、「そんなに簡単にあきらめないで、頑張りなさい」、とか 「お前は何にでも諦めるのが早い。 もっと努力しないと社会ではやっていけないよ。」 などの言葉をうかつに返します。

しかし、考えてみましょう。 今の社会というのは、若者たちにとって実に生きづらい社会です。 就職しても、日本の企業は一般的に一流といわれる会社でさえ基本的にはブラック企業と変わらぬ待遇で働かせ、しかも父親や祖父たちが働いていた時代のように、「我慢してまじめに働いていたら、給料と地位は必ずついてくる」 はすでに幻想であり、子供たちはよほど卓越した生きる手立てを持たない限り働きづくめでも人並みの生活ができない時代になっています。

このような社会にあって、若者たちは所属する会社や組織が自分をどのような存在と考えているのかが、早くは就職活動の段階ですでに思い知らされます。
このように、親や祖父たちが体験したことのない厳しい環境でこれからの長い人生をスタートさせた我が子たちのために必要なのが、家族の支えです。 もちろん、親の体験したことのない環境ですから対処法は親にもわかりません。 祖父たちが 「こう生きよ」と言っても、残念ながらそれは若者たちが直面する問題を解決する事につながらない場合が多いでしょう。

それでも、メッセージは送り続けることです。 自分の言ったことが解決に結びつかなくても、悩みの解決に役立つ具体的なアドバイスをしてあげることができなくともとにかく 「家族全員がいつもお前のことを考えているし、必要な時にはいつだって駆けつけるよ」 との言葉を送り続けることです。 現代社会を切り抜けるための回答と精神力、体力は若者が自分自身で身に付ける以外はありません。 しかし、答えを見つけてあげることができなくても、何かあった時にいつでも自分を受け止めてくれる家族があることをいつも実感することで、子供たちは絶望的な閉塞感の中に陥ることなく、壁を乗り越えるための大きな励みになります。

子供たちが、親の予測できない難しい時代に生きている現実をしっかり受け止め、家族が全力で支える覚悟を伝えてあげませんか? 今が、そのようなメッセージをたくさん伝えてあげるための一番ベストのタイミングです。

これから先、本土に行くことを予定しているお子さんたちのためには、このような厚生労働省のホームページもあります。 参考にして下さい。
(宮古島プロジェクト運営管理部)



008
006を読んで、これは本当にこの人の話なのだろうかと思いました。 これは、けして 006さんへの批判でなく、かえって読んでいて感動するような説得力のある内容だったので、もしかして皆にわかりやすく説明するために、こういう話にまとめてくれたのかも知れないと思ったのです。
うまく言えませんが、 私を含め 「親が子どもにできる事は、これでいんでないの」 と思います。

雑誌で 「親も学習する必要があります」、と書いてありましたが、近い将来、子どものために親が学ぶ親力検定のようなものまで出来て、合格のために参考書や通信講座や模試があって、成績の良い親は世間に誇れる親力認定登録者になって、とエスカレートするのかな?

多分うちの子にこの話をすると、ちょっとひねくれてるから 「だから、何なのそれって?」 って馬鹿にされそうです。

確かに、親が子どもを生んでしまった後で、 「親はどうあるべきか?」 なんて集まって勉強会やっているのを見たら、「なんなの、この大人たち!」 って、子どもの方が気持ち悪くなるのも分かる気がします。
(佐藤だからサスケ)
007
私は大学生の娘がいます。 
経済的には結構大変で、月々やっと生活している感じです。 でも感謝な事に娘はとても優しい子で、家庭の経済的な事情も理解してくれ無理なことは言いません。 正直、そんな娘を見て親として満足にして上げられない自分を不甲斐なく思うこともありますが、一生懸命仕事をしてこのような生活なのですから、今のところどうしようもありません。 

やはり親にとって一番辛いのは、「子どものために充分にしてやれない」状況だと思います。 でも私としては、娘が生まれてから今日まで親としての責任と愛情を持って、一生懸命育ててきました。 赤ちゃんの時は、時間がある限り歌を歌ってあげたり話しかけたり、小学校から高校までは、宿題やプロジェクトを一緒に手伝ってあげたりと、娘から頼まれたことは一生懸命手伝ってあげました。

食事も外食などめったに出来ませんが、手に入る材料で家族が喜んで食べるよう工夫をしています。 娘も私なりの努力をちゃんと見ていてくれたので、良い子に育ってくれたと思います。

また、夫婦、父娘、母娘それぞれ良い関係で、仲の良い家族です。

秘訣は、家族で足りないことを嘆いたりせず、あるもので感謝するという生き方を心がけているからです。 お金さえあれば何でも手に入る世の中、実践するのは結構大変ですが、慣れると、(生きるのが)とても楽になれます。

また「お金があるから幸せ」という考えも、かならずしもそうではないことを、大人が子どもに教えてあげなければいけません。 物やお金に執着して生きてゆく人生は大変で、本人のためにも子どもが小さい内に物事に対する価値感を教えてあげるべきです。

私たちも一般的な社会の価値観で物事を判断しがちですが、世の中はおかしな価値基準や価値観であふれていますよね。

大事なのは、私たち大人が、世の中に流されずに、人に迷惑をかけないとか、他人に思いやりを持つとか、人としての基本的な生き方をきちんと日頃の生活で出来ているかどうかです。

私が言いたいことは、子どもにたいして親ができる事は、たっぷりの愛情をもって育ててあげること、そして親も一生懸生きる努力をすることに尽きると思います。 (はなちゃん)

006
趣味といえば、夜中に下手な文章でブログを書いたり、人の書いたブログを読むのが楽しみな、47歳で高校生の娘一人をもつオヤジの率直な思いです。

今の時代子どもを持つ親の何割が、背中で子どもを指導できるようになるのか、疑問です。

親力の大切さについては全く異論がありませんが、現実として 「私の人生の理想が、父や母の生き方です。」 と子どもに言ってもらえる親が一体どれ程いるのでしょう?

私も残念ながら、いわゆる出世コースではない、零細企業の営業畑でなんとかこれまでリストラされずに働き続けることが出来ました。
ただ、妻があまり丈夫でないこともあり、良くパート先を変えるなども影響し、財政的にはゆとりが無いので未だに公営住宅暮らしですし、この歳ですから恐らくマイホームに手が届くことは無いと覚悟を決めました。

娘は小学校時代まで本当に良い子でしたが、中学あたりから我が家の生活が周りと比べてどのあたりにあるのかを知るにつれ、「なぜ私の家がこんな状態のままなの?」 と妻に言うそうです。 妻は、「今の時代は、真面目に一生懸命働いていても難しい時代なのよ」 というようなことを言っているようですが、友達の多くがマイホーム、 マイルームを持っていて、家族旅行や外食が当たり前のような生活をしているのを目の当たりにしていると、「どうして、私の家だけがそれを出来ないの?」 と思うことは、しかたの無いことかもしれません。

話がそれましたが、親力というのは結局親の甲斐性を子どもに見せることが出来るかどうかですね。
甲斐性の無い男は嫁にも示しが付かないのと同様に、自分の子どもにも示しが付かないことになってしまうようです。 私の知っている人にも、私と同じように不本意ながら甲斐性のない生き方になってしまっている人がたくさんいます。 
みんな子どももそれぞれ2〜3人ずついます。 夫婦喧嘩の材料に不足した日が無いくらい、妻との喧嘩を子ども達に見せてしまっています。

ただ、私はこれをヤケクソで書いているのではありません。

娘の表情に明るさが無くなって以来、私はこのことをずっと考えていました。 しかし、考え始めて4年経っても、妻と娘を世間並みの満足な家庭生活を実現することは、主に財政的な理由で全く出来ませんでした。
これから先、もし幸いにして20年ほど働き続けたにしても、今のような小さな事業所勤めでは余裕ある生活には手が届かないことが分かっています。

娘はあと1年6ヶ月ほどで高校を卒業し、就職か短大に行くことになるでしょう。 私たち夫婦がこの娘の親としての時間が残り僅か1年6ヶ月となってしまいました。 時間は殆どありません。 でも、この娘をオヤジの生活力の無さに落胆したままで社会に送り出したくないと考えていた時に、このコーナーを読みました。

書いてあることは多くないですが、何度も読んでいるうちに、「親力 = 甲斐性」 と考えるのは止めました。 そして、私の場合は 「親力 = あるがままで、しっかり向かい合う」 事ではないかと思いました。 

娘とたくさん話そうと思います。
話すことは、

「父さんは、やっぱり生き方の要領がいい方ではなかった。」

「でも、割の合わない仕事でも逃げようとはしなかった。」

「生きるのが下手だったかも知れないけど、人に迷惑を掛けることはしたことが無い。」

「ただ例外として、金銭的にいつも苦労をかけているお母さんには、本来する必要の無い苦労をさせているので、世の中でただ一人ものすごく迷惑をかけてしまって申し分けなく思っている。」

「そして、そんなお母さんに心から感謝している。 喧嘩もするけど、いつも大事に思っている。」

「お前も、娘として苦労をかけたり、友だちの手前嫌な思いをさせたかもしれない。 それでも頑張って成長してくれたことを感謝している。」

「迷惑をかけた方が、『俺はお前の反面教師なんだから』というのも変だけど、この歳になって人の生き方には真面目さだけでなく、多くのテクニックとノウハウが必要なようだ、と言うことに今気づいた。 だから、お前は今から自分の人生の目標が出来たら、確実にそのことを実現するためのノウハウをいっぱい身につけとほしい。」


このあたりからスタートします。
(しんじ)
005
004を読んで、親力について少し新しいことが分かった気がします。

親力ということを聞いて、本屋さんやネットで見ていましたが、学習の時の励まし方や、褒め方、答えを間違った時に気落ちさせない指摘の仕方などもあって、親が自分の子どもにこんな気遣いばかりしていたら、子どもは逆に弱くなってしまうのでは?という印象でした。

私が得意の立ち読み情報から得た知識では、親力という言葉も結局は “子どもの成績を良くしたい親心” をターゲットにした、教育評論家の人や出版社に上手く使われただけかな、とも思っていました。

でも 004 にある 「今の親を教育し、育て、子どもの目標や憧れとなる存在になるためのプロセス」 というのを読んで、また 001の 「揺れる年代にあって一番確かなものが理屈ではなくビジュアル、つまり “カッコよく見える親や身内” 」 になることだという書き方は、とても分かりやすかったです。

親力を育てるキーワードにある 「背を見せて育てる、子どもが目標にしたい父親、娘の憧れる母親の生き方、子どもの身近にいる目標の人を読んで、本当に必要な親力ってこれなのかも知れないと思いました。 (ちはる)
004
このクラスターへの参加数が少ないのは、テーマのもつ難しさゆえでしょうね。
子どもを育てるためには親力を育てることから始めなければならない、というのは 「卵が先かニワトリが先か?」について議論するのと同じで、結論の出しにくいテーマと感じる人も多いようです。

しかし、ニワトリと卵の関係については最近の遺伝子工学的考え方から、ニワトリの全遺伝子を卵に伝えるためには、ニワトリが先に存在していなければならないという結論が出され、また 2010年6月にイギリスの University of Sheffield と Warwick
University の共同研究で、「ニワトリの卵巣に卵の殻を作るための ovecledidin-17 ( oc-17) というたんぱく質が発見された」、と発表したことで、この長年の論争にピリオドが打たれた、といわれています。

さて、親力もニワトリと同じように親が先に仕上がることで、子どもを育てることが可能になると考える所までは、理論的にも落とし込みやすいアプローチですが、遺伝子のリレーだけですまない、資質、感性、知性、教養という後天的要素に作用される子育ては、遺伝子のように親の存在だけで解決出来る問題ではないようです。

次世代を担う子どもを育てるために、国家的スケールでの研究も必要です。
もっとも、人を育てるという事業を国に任せるには、国家がどこまで国民が誇り、信頼できる存在なのかという、途方も無い前提が先に来てしまいそうですので、まずは身近なところから。

今の親を教育し、育て、子どもの目標や憧れとなる存在なるためのプロセスとして、自治体、コミュニティ、学校を含めた子育てについての研究ネットワークを作るのも 「住民の連帯が機能する環境にあれば」 という限定付きで有効です。

ただ、これは批判ではなくあくまでも現代の傾向として、多くの日本人は自分は一定レベル以上の知識と判断力を持っているとの確信とプライドがありますので、「自分を変える、あるいは進化させることで自分達の子どもの成長のために大きな助けとなる」 との認識には向いにくいということもありそうです。

さらに、子を持つ親の生活環境が多様化し、子どもへの関わり方も様々となってきている現代は、親もこれまでの “親の役割” という画一的な概念だけでは親の役割を果たしきれない時代に入っています。
一般論としての 「今の親は何をやってるんだ?」 の非難は、適切な咎めではありませんし、今は、まだ誰も責める時期ではないと考えます。。

まずは子のためにも、親のためにも現実をしっかりとふまえ、新しい親子関係のあり方、親力の高め方を各家庭レベルから腰を据えて探しましょう。

(宮古島プロジェクト 運営管理部)
003
002さんの内容で気付いたことは、私の場合を含めて親力が必要な人は本人が親力が不足しているとか、親力が大切とは意識していない、もしくは自分には充分備わっていると考えていると思います。
親としてのプライドを持っている人達も含めて、どのような立場の親も抵抗無く親力を高めるためのプログラムを開発する必要があると思います。 (N.S)
002
親力の意識化:
町内子ども会など地域活動を通して、親同士で子育ての会話を増やすことで、親に親力について意識化させることが出来ます。子供を通して親を学ばせるという逆のアプローチです。

親力講演:
市の生活推進委員にこのテーマでの講演会を要望する。

参考図書を増やす:
図書館にこのテーマの本をそろえてもらう。

親力の必要な人々の実情にあったアプローチをさがす:
もしかすると親力が必要と思われる人は、講演を聴いたり本を読んだりしない人が多いのかも知れません。 また相談相手がいない人が多い可能性もあります。
本来は家族や地域でのかかわりの密度がとても濃かったはずですが、離島であっても核家族化状況が進んでいるのかもしれません。 おじいちゃん、おばあちゃんから学び助けてもらうとか、近所とも密接に付き合っている人がいないために孤立化している場合の対応が必要だと思います。 (ウッチャン)

001
現代は子供にとって難しい時代であると同様に、親にとっても難しい時代です。
親力に関しても、昔の人に直接聞くと 「今の親達よりは自分達の方が偉かったから、子供をちゃんと教育出来ていたんだ」 と自慢するかもしれませんが、昔は単に社会環境が異なり、子供が早い段階から意志を表現する自由が与えられていなかっただけで、昔の親たちもこの時代に生きていれば、その対応は現代の親と全く同じになるでしょうし、逆に今の親も昔の時代に生きていたなら他の親と同じ行動になっていたと思いますので、比較する対象ではないと思います。

つまり親力は取り戻すためのものでなく、自分の心をどのようにコントロールし、整理していけばいいのかの能力をまだ持ち合わせていない、成長途中にある子供達をしっかりサポートする方法を自分なりに見つけ出すことにあると考えます。

またキーワードにあるのは、そのような揺れる年代にあって一番確かなものが理屈ではなくビジュアル、つまり 「カッコよく見える親や身内」 。
大人が驚くくらい本質を 見抜く力を持っている子供には、親も小手先や思い付きではない真剣勝負が求められます。
(宮古島プロジェクト 運営管理部)
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